女神の旋律 第一章 その1
白いバルコニーに太陽の眩い光が斜めに射し込んでいる。
とあるお城の一室。高貴な方の寝室と思われるその部屋には、
白いレースカーテンが舞い、夏の午後にしては涼やかな風が通り抜けている。
ふと、細かな彫刻を施した柵に止まっていた蝶がふわりと飛び立った。
先程まで静まり返っていたその場所に蝶を脅かした闖入者が姿を現した。
それは一人の女だった。腰まである極ゆるいウェーブのかかった栗色の髪を一つに結び、
鳶色の大きな瞳は生き生きと輝いている。20歳ぐらいだろうか。少女のような女のような不思議な魅力を持つ美しい娘である。
彼女は、どこにそんな力があるのか、随分と重そうな椅子を引きずってバルコニーに出て来た。
どうやら椅子をバルコニーに設置して午睡でもするつもりらしい。
「ふぅー、疲れた。」
片手で額の汗を拭いながらその女―カリルは言った。
「あの最低王子の相手したら疲れちゃった。」
ちょうど良い具合に椅子を置いたカリルは、その椅子に腰掛け大きく伸びをする。
周りの木々によって冷却されたそよ風がバルコニーを吹き抜ける。
「あー風が気持ちいい〜。一休みしようっと。」
気持ち良さげにその輝く瞳を閉じてお昼寝タイムへと突入しようとした。
その時。
「あーっ! カリルっ!!」
バルコニーの下から大声で彼女を呼ぶ叫び声が聞こえたので、びっくりして思わず飛び起きる。
「待ってろ、カリル! 今そこに行くからな!動くんじゃないぞ!!」
ったく。動くんじゃないぞって…吊橋に宙ぶらりんになってるわけじゃないんだからさ。
その台詞と声で叫び声の主を察知したカリルは、その美しい顔を思わず歪めた。
声の主はカリルの兄セイルである。カリルと同じ栗色の髪と鳶色の瞳を持つ美青年である。
長男であるためいずれは国王の座に就くであろう。それに相応しい聡明な青年なのだが。
だいたいお兄ちゃんはうるさいのよね。頭固いし心配性だし。
あの変態のことで来たんだろうけどさ〜一々ガミガミ言わないで欲しいのよ。
だいたい「動くんじゃないぞ」って何よ。私がここから逃げるとでも思ってるのかしら。
そこまで悪態ついてからふと考えた。そしてセイルがカリルの部屋のドアを勢い良く開けるのを見て決断を下した。
なるだけ早く逃げよ。