女神の旋律 第一章 その2
見ると、セイルの後ろから侍女や兵士がドタドタと付いてくる。
口々にセイルの名を呼んでいるところを見ると、どうやら彼を止めようとして追いかけて来たようだ。
「何なの? この騒ぎは。」
静かな午睡を邪魔されて迷惑だと言わんばかりに落ち着いた声で兄に問いかける。セイルは一つため息をつくと、低い声で言った。
「カリル。お前……ロンパスとの縁談を潰したんだってな。」
あ、ヤバ。もう全部バレてる。
セイルが状況を全て把握してるとなると、この後に来るのは小言だけだ。
「これで何件目だと思ってるんだ!?9件目だぞ、9件目っ!あのサード王子のいったい何処が気に入らないんだ?
まぁ、確かに、いつもこのような素敵なお兄様を見てるのだから、比べてしまうのも分かるが……。」
「違うわよっ!!」
思いっきり否定した。断じて、決して、間違っても、そうではない。
「……照れるなって。しかし、王子はお前のこと結構気に入ってるみたいだぞ。俺も父上もこの縁談はまとめる方向で行きたいんだ。どうしても嫌ならその理由をちゃんと言いなさい。」
「理由なんてあり過ぎて困るほどよ。」
言うなり何処からか分厚い紙の束を取り出し、パラパラとめくる。
「婚約者の条件第1条「黒髪である」に反するし、第5条「背丈は175cm以上181cm未満」にも合ってないし、第13条「瞳の色はグリーンで混じりけのないこと」とも違うし、第15条「二重で切れ長の目」も満たしてないし……」
「もういいっ。」
セイルは呆れ果ててカリルを制した。ほっとけばこのまま延々と続きそうである。
「条件全てに当てはまる男なんている訳ないじゃないか。少しは妥協しなさい。大体世の中にそんなに完璧な人間なんていないんだよ。そんなのこのお兄様ぐらいだ。」
大きく胸を張ってセイルは断定した。カリルは思った。
馬鹿か、こいつ。
侍女や兵士たちも同じことを思ったのか、一瞬シーンとなる。
そう。カリルの兄セイルは聡明で美しい青年だが、自信過剰なところが難点である。
「とにかく、そんなくだらない理由で縁談を断るわけにはいかない。もっと他に理由があるんだろう? 王子は言わなかったが、左頬が腫れてたぞ? 何があったんだ? 私に話してみなさい。」
あーあ、やっぱり話さなきゃだめか……。
セイルがめちゃくちゃ偉そうに言うので、カリルは渋々先程の王子とのやり取りを話し始めた。