女神の旋律 第一章 その4
「キスしたのか? お前に。」
コクン。俯いたまま真っ赤な顔をしてカリルが頷く。蘇ってきたサード王子に対する怒りとこんな話をしなくては行けない恥ずかしさで彼女の顔は林檎のようになっている。
「それで、お前は王子を殴り飛ばして逃げてきたと。」
コクン。カリルは大きく頷いた。
「……お前、キスしたことないのか?」
思わず顔を上げて瞳を見開く。その顔がさらに赤く染まっていくのを見たセイルは、すぐに彼女にその経験がないことを悟った。
それもそのはず。彼女は王女である。王女に対し許可もなくキスをする男などいる訳がないし、彼女が許可を与えるような条件の揃った男もいない。精々礼儀として手の甲に口づけされるのが関の山である。
「しかし、そんな理由で縁談を断るわけにはいかないだろう。大体20歳にもなってキスの一つや二つで人を殴るなよ。」
キスの一つや二つ!? 乙女にとってはキスの一つや二つが重要なのよ!
セイルのこの無神経なセリフには、外野の侍女達までもが反応した。
「女にとってはキスの一つや二つが重要なのですわ!」
「例え一度のキスだってお慕いしている方以外にはされたくないんです!」
「セイル様は繊細な乙女心が分かっていらっしゃらないわ!
「カリル様がお可哀想です!」
「だからセイル様は未だに独身なんですのよ!」
「そうそう。この間テューダー将軍のお嬢様にもふられてましたわ。」
「あら、それ聞いたことあるわ。何でもお仕事が忙しいとか言って全く会いに来て下さらないとか。」
「恋文を書いても返事も書いて下さらないって聞きましたわ。」
「お誕生日を一ヶ月ズレて覚えてたらしいですわよ。」
「あぁ、それ私も聞いたわ。贈り物が一ヶ月早く届いたんですって。」
「まぁ! 最低ですわっ!」
セイルの発言への抗議からゴシップにまで発展し、彼女達のセイル批判は止まるところを知らない。次々と浴びせられる集中砲火に、セイルは耐えられなくなって怒鳴った。
「うるさい! 俺のことはほっといてくれ!! ……と、とにかく、そんな理由は認めん。縁談は進めさせてもらうからな。」
「そんな!」
人に恥ずかしい話させたあげくキスの一つや二つなんて簡単に片付けたあげくアイツと結婚しろだって!? もー頭きたっ!
どうやらセイルの言葉によってカリルの脳は沸点を超えたようだ。
カリルの頭の中で反撃開始のゴングが鳴り響いた。