女神の旋律 第二章 その1
 黒一色で塗り上げたように真っ暗な空に無数の小さな輝きが散りばめられている。宝石箱をひっくり返したようとはよく言ったものだ。その満天の星空の下に一人の少女が佇んでいた。長い栗色の髪を背中に波打たせ、鳶色の大きな瞳は一心に空を見つめている。彼女は途方にくれて、星空を見上げていた。彼女は恵まれた容姿、有り余るほどの金銭、素晴らしい友人など他人が欲しがるものは全て持っていた。ただ彼女に一つ足りないもの、そして見つけられないものがあった。それは道だった。彼女には、彼女の進むべき道が見つからなかったのである。
 「カリル様、何一人でたそがれてるんですか! ただ単に道に迷っただけじゃないですか。しかも、私をいないことにしないで下さい!!」
 スイランの喚き声が彼女の陶酔の時間に水を差した。が、カリルはにやりと満足気に笑う。
 「スイラン、私ってば詩人じゃない!? また新たなる才能の発見だわ〜。」
 自画自賛の甚だしい奴である。
 そう。二人は見事に道に迷っていた。城を抜け出してから約2時間。スイランの服を着て変装したカリルとスイランは、無事城門を通過した後城下町に出た。スイランの考えでは、城下町で一泊したら海沿いに出る街道を歩き、途中にある村で宿を取るつもりであった。この街道はスイランが里帰りの際に何度も通っている道なので、迷うこともなく良いのではないかと思ったからだ。しかし、計画通りにいったのは城下町に出るところまでであった。スイランの思惑を全く無視してカリルは勝手にあちこちを歩き回り城下町を出てしまい、挙句の果てに街を出て早々街道を外れてしまったのだ。現在二人は、小高い丘の上に立っていた。丘の上からは本来進むべき街道が見えた。ちょうど眼下にである。
 「カリル様!だから勝手に進まないで下さいって言ったじゃないですか!!こんなところじゃレストランもホテルもありませんよ!今晩どうするんですか!?」
 半泣きでカリルを責めるスイラン。しかし、カリルは全く聞いていない。
 「ああ……本当にどうしましょう。やっぱりカリル様なんかに付いて来るんじゃなかった。お一人じゃ心配だと思って付いて来ましたが、私なんかいなくてもカリル様はしぶとく生きて行けますよね。ああ神よ、どうか今すぐ時を戻してください。」
 あの2時間前に戻れるならば、付いて行くなんて絶対に言わないのに。
 神に祈るスイランであった。そんなスイランの様子を完全に無視してカリルはしばらくあちこちを見ていたかと思うと、急にスタスタと森のほうへ歩き始めた。慌てたのはスイランである。
 「ちょ、ちょっとカリル様!? 言ってる傍から何勝手にどっか行こうとしてるんですか!」
 スイランの怒声にカリルはくるりと振り向く。
 「なんかさ、あっちの方から美味しそうな匂いがするよ。」
 「ええっ、本当ですか!?」
 思わず食い付いてしまうスイラン。先ほどまで垂れていた文句が一気に消し飛んだ。
 「うん。なんか火みたいな灯りも見えるし、誰か野宿でもしてるんじゃない? ご飯分けてもらおうよ。」
 「カリル様、でかしましたね!!」
 笑顔である。現金なようだが、このくらい変わり身が早くないとカリルの侍女などやっていられない。
 「カリル様の動物的勘は確かですからね。早速そっちに行ってみましょう。」
 「おっけー。」
 「但し、」
 スタスタと歩き出すカリルの腕を掴んでスイランは釘を刺した。
 「勝手に行っちゃだめです。その人が危険人物じゃないか様子を見ますからそうっと行きましょう。」
 「了解。」
 これでなんとか食事にはありつけそうです。神様ありがとう。
 本来願ったことは叶えられなかったが、当面の問題を一つ解決してくれた神にスイランはとりあえず感謝した。そして、カリルに自分の後ろに付くように促すと、二人は並んで足音を忍ばせながら灯りを目指して歩き始めた。
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