女神の旋律 第二章 その3
 「リュオ。」
 その刹那、銀髪男が発した静かな低い声が金髪男の動きを止めた。
 「何だよ、セロイ。」
 構えた腕から少し力を抜いて金髪男が答える。銀髪の男はゆっくりと起き上がると、落ち着いた声で言う。
 「リュオ、女性にそんな物騒なもの向けるんじゃない。」
 連れの予想外の言葉に、リュオと呼ばれた男はきょとんとした。
 「……は? 女? なんで見てもいないのに分かるんだよ。」
 そうそう。何で見てもいないのに分かるのよ。
 思わずリュオの言葉に頷いてしまうカリル達。その言葉に銀髪男―セロイはフッと鼻で笑って答えた。
 「お前そんなことも分からないのか。男と女じゃ全然気配が違うじゃないか。修行が足りないな。」
 そう言ってカリル達の方を向き、声をかける。
 「連れが大変失礼致しました。もう物騒なものはしまわせましたので、よろしければお詫びの印にお茶でもいかがですか?」
 どうしましょう。斬られる心配はなくなったみたいですけど、出て行っても大丈夫でしょうか……。
 とかなんとかスイランは慎重に考えたが、カリルはもちろん何も考えずにすっくと立った。
 「お茶よりご飯がいいな。」
 「カリル様っ!!」
 慌ててスイランが服の裾を引っ張り座らせようとするが、最早手遅れである。やむおえずスイランも立つ。
 「うわ……ホントに女だ……。」
 立ち上がった二人とセロイを交互に見ながらリュオが声を漏らす。感心しているのか呆れているのか分からないような声音だ。
 「あの、こっそり窺ったりして申し訳ありません。実は私たち道に迷ってしまって……。」
 とりあえず謝罪して事情説明するスイランと鍋の中身を凝視しているカリルの顔を見て、セロイは一歩二人に近づいた。
 「それはお困りでしょう。道なら分かりますので教えて差し上げられると思いますよ。それはそうと……」
 そこで一旦言葉を切るともう一度カリルの顔を見る。翡翠色の瞳がカリルをじっと見つめ、やがて得心したように頷くと、唐突に全く彼を見ていないカリルの前に膝を付き恭しく頭を下げて続けた。
 「どうしてこのような山の中におられるのですか、カリル姫。」
 その言葉にスイランとリュオが同時に反応した。
 「何故それを……!」
 「カ、カリル姫ーーー!?」
 スイランが驚くのはもっともだが、リュオの驚き方も尋常ではなった。口をパクパクとさせながらカリルを指差してセロイに問う。
 「カリル姫ってあのカリル姫か!? クレマチス国の?それって……!」
 「カリル様をご存知なのですか!?」
 リュオまでがカリルを知っている様子を見て、スイランは勢い込んで尋ねる。カリルの顔を知っている人はかなり限られている。親族と一部の貴族ぐらいが精々で、一般市民、ましてや外国人などが知っているわけがない。一体この二人は何者なのか。
 セロイはリュオとスイランを目で制して、立ち上がってゆっくりと口を開いた。
 「リュオの言いたいことも分かるし、あなたの聞きたいことも分かります。話が長くなりそうなので、こちらに座って話しませんか。ちょうど夕食も出来たところですので、よろしければご一緒に召し上がってください。」
 「ホント!? わーい!」
 「…いいんですか? ありがとうございます。」
 そう促されて、スイランは恐れ入りながら、カリルは嬉々として焚き火の前に腰を下ろした。
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