女神の旋律 第二章 その4
 パクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパク……。
 「えーっと、とりあえず自己紹介でもと思ったんですが……カリル姫ですよね?」
 カリルの猛烈な食べっぷりに、カリルが本当に王女かどうか一瞬疑問を持ってしまったセロイ。リュオは隣で目を見張っている。
 「はい……残念ながら正真正銘、本物のクレマチス国王女カリル様です。私は侍女のスイラン・ミリアムと申します。」
 そう言ってぺこりと頭を下げる。二人の男が明らかに落胆しているのが伝わってくる。大方、王女という城の中で純粋培養された箱入り娘に対して密かな夢を抱いていたのであろう。
 「あ、あの、お願いがあるのですが、敬語はやめて頂けませんか ?私、そういう扱いに慣れてませんし、カリル様は敬語で接されるとつけ上がるので! 特にカリル様はリュオさんと同じぐらいの扱いで大丈夫です!」
 私のことはともかく、カリル様に対しては徹底していただかなくては!!
 普段敬語で接されることになれていないのでやめて欲しいのも事実なのだが。しかもそんなことを言っておきながら、スイランはですます口調以外で話せない。
 「つけ上がるって……。わかった、じゃあ特にカリル姫にはリュオレベルで接するように気をつけよう。」
 「お願いします。」
 こんなことでもぺこりと頭を下げるスイラン。細かいことにまで気苦労の多い侍女である。
 「俺はセロイ・アジアンタール。こいつはリュオ・クリア・アスターシアだ。」
 「え、アスターシアって、もしかして……!」
 リュオの名前に心当たりがあったのか、スイランが小さく驚きの声を上げる。
 「青月のアスターの王族の方ですか!?」
 スイランの言葉に、何故かリュオはすぐにぷいっと横を向いてしまった。
 アスター王国。首都スターテスの周りを魔術によるドーム状の青いバリアで囲んでいるため、青月のアスター、ブルー・ムーンなどとも呼ばれている世界一の魔法大国である。クレマチス国から遠く離れたこの国は、古の魔術師たちの民族が興したと伝えられている。国民の半数以上はその子孫であり、そのもっとも純粋な血筋が現在の王家である。もちろん国王は代々魔術師である。
 「そう、こいつはそのアスター王国の第一王子だ。」
 「第一王子って、次期国王ってことじゃないですか! どうしてそんな方がここに……!?」
 当然の疑問をあげるスイランに、セロイは少し悲しそうな表情を見せて告げた。
 「……こいつは魔術が使えないんだよ。」
 「えっ!?」
 思わず出したスイランの驚きの声に、リュオはピクリと小さく反応し、少し傷ついたような顔をした。
 「ご、ごめんなさい……。」
 「いや、いいんだ。事実だし……。」
 小さな声でリュオが言う。しかし、その様子からも魔術が使えないことに悩んでいることが見てとれた。
 「アスター国王は代々魔術師と決まっている。だが、れっきとした第一王子であるにもかかわらずリュオは魔術が使えない。魔術が使えないなら王位は継げないんだ。」
 「オレは……王位なんか継げなくてもいい。だが、父上や母上はオレの存在を恥だと思っているらしい。当然だよな、王子のくせに魔術が全く使えないなんて恥さらしもいいところだ。」
 「……こいつは第二王子が王位を継いだら、城からは出て行けと言われたらしい。弟の邪魔にならないようにって。」
 「だから先に出てきてやったんだ。」
 リュオがポツリと言う。
 「そんな事情があったんですね……ごめんなさい、辛いこと聞いてしまって。」
 申し訳なさそうに頭を下げるスイラン。
 同じ家出でもカリル様とは全然違いますね……カリル様もそのぐらい深刻な悩みで家出して欲しいものです。
 カリルが聞いたら怒りそうなことを心中で呟く。リュオの事情は分かったし、何故ここにいるのかも分かった。しかし……。
 「じゃあ、セロイさんは何故リュオさんと一緒にいらっしゃるんですか?」
 スイランが聞くと、セロイはまたもや驚くようなことを言った。
 「実は……俺は一応アスターの隣国ポーリアンの第七王子なんだ。」
 「セロイさんも王族の方なんですか!?」
 というか、今王子や王女が家出するのが流行ってるんですか……?
 4人中3人も王族だったらそう思ってしまうのも無理はない。スイランの言葉に、セロイはちょっと苦笑して答えた。
 「いや、俺は王族といっても側室の子。第七王子だから王位継承権もないに等しい。」
 そうは言っても王子は王子。道理で物腰が紳士的なわけだ。
 「俺とリュオは幼馴染でね。家出したこいつが俺のところに来たとき余りにも寂しそうだったので、付いていってやろうと決めたんだ。こいつにはたぶん俺しか頼れる人間がいないだろうから。幸い俺は居てもいなくてもいいような身分の王子なので。」
 「……お優しいんですね。」
 これまた、カリルが行く先々で迷惑をかけないように監視しなくては、と思って付いてきたスイランとは大違いである。仕える主君を間違えたのではないかという、人生何百回目かの後悔がスイランを襲い、大きなため息をつかせた。
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