女神の旋律 第二章 その5
ところで、スイランがセロイからそんなちょっといい友情物語を聞いていたとき、カリルは話をほとんど聞き流してひたすらリュオお手製のスープを食べていた。そして、隣に座ってなにやら落ち込んで焚き火を見つめているリュオの肩をツンツンと指で突付く。
「……ん? 何だよ。」
自己嫌悪で鬱々とした時間を邪魔されて少し不機嫌そうに振り返ると、目の前にカリルの満面の笑顔がある。カリルはにっこり笑ってスープ皿をリュオのほうに突き出した。
「おかわり。」
うわ……可愛い……。
言っている内容は全然可愛くないのだが。思わず素直に皿を受け取っておかわりを注いでしまうリュオ。念のため強調しておくが、カリルは外見は美少女である。
「……うまいか?」
おかわりも美味しそうに景気良く平らげていくカリルを見てリュオがポツリと聞く。
「うん、おいしい。空っぽの胃袋に染み渡るわ〜。」
何だか言い方が甚だしく王女らしくないが、とりあえず美味しいといっていることは分かったのでリュオは少し嬉しくなった。やはり自分の作った物を喜んで食べてくれる人を見ると、人間幸せな気分になれるものである。
「あのさぁ、」
少し前の自己嫌悪モードから脱出したリュオに、相変わらずパクパクと食べながらカリルが話しかける。
「何で私のこと知ってるの? 会ったことあるの?」
カリルも一応気になってたみたいである。
「さっきリュオはアスターの王子だって言ってたでしょ? 私アスターなんて行ったことないし、アスター人に会ったこともたぶんないんだけど。たぶんセロイにも会ったことないよ。」
スプーンを咥えて首を傾げる。実際スイランに言われるまでもなくカリルも不思議に思っていた。カリルが国外に出たことがあるのは、カリルの姉の嫁ぎ先であるシェリスタ国を訪問したときだけである。シェリスタは隣国なので、途中でアスターに寄ったということもない。更に、カリルはめんどくさがってパーティーなどにもほとんど出席しないため、カリルの顔を知るものは家族とカリルの近くにいる侍女と兵士、あとは大臣や将軍など国王の側近と言われる貴族だけである。時々城を抜け出すときも城下町から出たことはないし、ましてやその時は王女の身分を隠しているのだ。外国の王子などに顔が知られているわけがない。
カリルにそう問われると、何故かリュオはちょっとためらって答えた。
「いや……会ったことはない。」
「え、じゃあなんで?」
ますます謎である。会ったこともないカリルの顔をどうして分かるのか。
「セロイもオレも……カリルのことは肖像画で見たんだ。」
焚き火の灯りのせいではないだろう、薄っすらと顔を赤くしてリュオが答える。ますますもって意味不明である。そんなリュオの様子に全く気づかないのか、カリルは更に質問を重ねる。
「は? 肖像画? なんで二人が私の肖像画を見たことがあるのよ?」
カリルの質問に、リュオはますます頬を染める。
「いや……だから、その、送られてきたんだよ。」
しどろもどろに言うリュオ。その煮え切らない態度に痺れを切らすカリル。
「つまりなんだって言うのよ!?」
「妃候補として送られて来たんだよ。」
横から入ってきた低い声がそう告げた。
カラン。
とスプーンが落ちる音がした。