女神の旋律 第二章 その6
「……セロイ。どういうことか説明してくださる?」
カリルにしては恐ろしく丁寧な言葉で、恐ろしく低い声でカリルが言う。
「あ、あぁ……つまり、リュオと俺のところ、というか要するにアスターとポーリアンに、カリルを妃候補としてどうかという打診があったんだ。それで肖像画が送られて来たというわけだ。」
今までと違うカリルの様子に一瞬戸惑ったセロイだったが、すぐに気を取り直して分かりやすく説明する。その横でリュオは顔を赤くして下を向いていた。目の前に将来娶る可能性のあった王女がいるので少し恥ずかしいのだろう。意外と純情な奴だ。
「お二人に同時にですか……?それってちょっと変ですよね。お二人とも承知したらどうなってたんでしょう。」
スイランが当然の疑問を口にする。一つの縁談が上手く行かなかった場合に、次の相手を探すのが普通だ。同時に二人に打診があるのはおかしい。更に言うならば、そのことをカリルが知らないというはもっとおかしい。
「俺たちも不思議に思ったんだ。俺のとこだけかと思ったらリュオにも来てるんだものな。しかも、もっと変なことがあって……」
「……変なことって何ですの?」
「え、あ、いや、それが……王子の中でも特に誰を指名してたわけでもないんだよ。ただ、ポーリアン王家で年齢の近い王子に、というだけで。」
セロイがそう言うと、リュオが更にその先を続けた。
「父上はもっと変なことも言っていた……妃に貰ってもらうのが駄目なら、王子に国に来ていただいてもいい、とか書いてあったって。そうすれば食い扶持は減るし、オレはいい厄介払いになるって。その上でクレマチスとの友好も深まるなら、お前も初めてわが国の役に立てるな、とか……。」
「それは随分とひどい言い方ですね。」
スイランがリュオに同情して言う。
でも確かに変ですね…特に誰を指名してるわけでもなく、必ずしも妃に貰ってくれなくてもいいなんて。これじゃあまるで、どこかの王家の血をひく者なら誰でもいいし、妃になれなくても結婚してくれれば……。
「……あ!!」
何かに気づいてしまったスイランが思わず大声を出す。リュオとセロイはびっくりして彼女を見た。
「……なんだよ、いきなり大声出すなよ……あぁ、びっくりした。」
「あ、すみません。つい……。」
そう言いながらちらりとカリルを盗み見る。が、カリルがこちらを凝視していて、スイランは合ってしまった目を慌てて逸らした。
「……スイラン。なんで今こっち見たの。なんで大声出したの。」
普段のカリルからは考えられないような抑揚のない声でスイランを詰問する。スイランは知っていた。なんだかんだ言ってぎゃあぎゃあ騒いで怒っているうちはまだいい。だが、こういう風に妙に静かになってしまった時のカリルはぶちぎれる寸前の状態なのだ、ということを。
「え、いえ、なんでもありません、カリル様!」
「……ごまかさないで答えて。」
カリル様目が据わってますー! 怖いーー!!
焦るスイラン。しかし、聞かれたことに答えてしまったらもっと怖いものが待ってる気がする。絶対に答えてはならないと、彼女の本能が告げていた。
しかし、なかなか口を割らないスイランに痺れを切らしたのか、カリルはついに実力行使に出た。
「こーたーえーなーさーいー!!」
「ぎゃあぁぁぁぁー! 痛い痛い痛いー! カリル様やめてーっ!!」
さっきまでおいしそうにスープを食べるのに使っていたスプーンの柄を、スイランの眉間にグリグリと押し付けている。慌てたのは男二人である。カリルとスイランをそれぞれ抱えて引き離そうとするが、カリルはそれに抵抗して執拗に攻撃を続ける。
「スーイーラーンー! 吐ーーけーー!!」
もはや般若の形相である。美しい顔が見る影もない。このままではスイランが白状しない限り血を見ることになる。
セロイは抱えていたスイランの身体を離すと、カリルの後ろに回り、おもむろに指でカリルの首の後ろを突いた。一瞬カリルの身体が強張ると、すぐに弛緩してぐったりとする。
「うわっ!」
抵抗する力がなくなったせいで、カリルを一生懸命引っ張っていたリュオは後ろに尻餅をついた。
「カリル様っ!?」
赤く痕のついた眉間を押さえながらも、急にぐったりとしてしまった主人の身を案じて慌てるスイラン。実に忠実な侍女である。そんなスイランにセロイは安心させるように言った。
「気を失うツボを突いただけだから、大丈夫だ。朝になればちゃんと目覚めるよ。リュオ、どっかその辺にカリルを寝かせてやれ。」
「何でオレが……。」
ブツブツ言いながらも、シートを敷いた上に寝かせ、マントを上からかけてやる。カリルはさっきまでの鬼婆のような表情が嘘であるかのように、平和な寝顔でスースーと寝息をたてていた。