女神の旋律 第二章 その7
「セロイさん、助けていただいてありがとうございます。もう少しでカリル様に殺されるところでした。」
「確かに殺しそうな勢いだったな。」
一命を取り留めたスイランに頭を下げられて、セロイが苦笑する。
「しかし……一体何に気づいたんだよ。カリルには言えない事なのか?」
リュオがカリルの横に座ったまま、スイランに問いかける。スイランはその言葉に一瞬ブルッと震えると、首を激しく横に振って言った。
「絶対言えません! 八つ裂きにしたあげく市中を引きずり回されますっ!! セイル様が、誰でもいいからカリル様と結婚してくれる人を見つけるためにそこら中に肖像画ばら撒いたなんて……!」
「……」
一瞬二人は沈黙した。
「……それは、なんというか、あの見た目とのギャップというか、つまりあの凶暴性のせいなのか?」
横目でカリルを窺いながら、リュオが聞く。
「そうです! あと食いしん坊っぷりとか、めんどくさがりっぷりとか、口の悪さとかです!!」
スイランはこぶしをぎゅっと握って、カリルの実態を力説した。
あれはほんの一面だったのか……?
先程の般若のような形相を思い出し、あれ以上のものが潜んでいることに驚愕する二人。そして、リュオは悟った。
「……病弱だから他国の世継に妃にしてもらえないってのは嘘だったんだな。」
「全員カリル様が難癖つけて追い返しただけです!」
「……奥ゆかしくて恥ずかしがりやだからパーティーに出てこないってのも嘘だったんだな。」
「上品にしてなきゃいけないのがめんどくさかっただけです!」
「……趣味は薔薇の手入れと刺繍ってのも嘘だったんだな。」
「捏造です!趣味は破壊と脱走です!」
リュオはカリルの可愛らしい寝顔を見ながら、クレマチス王家からの書状に書いてあったことを次々にあげるが、片っ端からスイランが否定していく。
「……あーあ、全部嘘かよ。人のこと騙しやがって。オレ……」
「カリルはかなり好みだったのに、か?」
「えぇっ!?」
図星の言葉に慌てて顔を上げると、セロイがにやりと笑った。一瞬で顔が朱に染まる。そんなリュオの様子も気づいていないかのように、セロイの言葉に驚いて叫んだスイランがのほほんと言った。
「カリル様みたいなのが好みなんですか?変わってますね……。」
「リュオはどちらかというとMだからな。カリルみたいなのにビシビシやられたいんだろう。」
セロイが勝手なことを言う。
「おい! 適当に話作るな!! ……まぁ、カリルの顔は結構好みだけど……。」
セロイに怒りつつちょっと本音も漏れてしまうリュオ。
「そうなんですか!? 確かにカリル様と付き合うなんてよっぽどのMじゃないと出来ないですよね。じゃあカリル様とリュオさんはぴったりじゃないですか!」
「そういうことだ。こんな相性のいい相手は他にいないだろう。これはもう結婚するしかないな。」
「勝手に話進めるなって!!」
しかし、リュオの言葉など全く聞こえていないスイランと、わざと無視しているセロイは勝手に話をまとめていく。そして、心優しいスイランはリュオの手を両手でぎゅっと握ると、まっすぐ瞳を見つめて言う。
「リュオさん、私、応援しますね。カリル様と結婚できるように、微力ながら協力させていただきます!」
「え、いや、そうじゃなくて……」
思わぬタイミングで女性の真剣な瞳に見つめられて、しどろもどろで反論出来ない。
「私……嬉しいです。もうカリル様は絶対結婚できないと思って諦めていたのに……リュオさんみたいなきちんとした方と結婚できるなんて、夢のようです。どうかカリル様をよろしくお願いします。」
深々と頭を下げられて、なす術もないリュオ。セロイは明らかに面白がっているだけだが、スイランは本気なので邪険に出来ないのが困る。結局リュオは流されえてこう言うしかなかった。
「あ、あぁ……。」
「ありがとうございます……!これで私も肩の荷が下りました……!!」
スイランは瞳にうっすら涙を浮かべてさえいる。むちゃくちゃ困って、そもそもの発端である余計な口を出したセロイを睨むが、リュオの視線は完全に無視された。セロイはゴロリと横になると、リュオに背を向けてしまったのである。そのまま声だけ発する。
「さ、まとまるものもまとまったし、そろそろ寝よう。リュオ、火の番頼むな2時ぐらいに起こせ。交代してやるから。」
「おい……!勝手に決めんなよ!」
もちろん無視。
「そうですね。私も心の痞えが取れたので、いい夢が見られそうです。リュオさん、すみませんが火の番よろしくお願いします。万が一カリル様が起きてしまったら、私を起こしてください。対処しますから。」
「あぁ、分かった……。」
またしてもスイランに反論できない。結局リュオは不貞腐れながらも火の番をすることにした。炎の灯りに照らされたカリルの寝顔を見下ろしながら。