女神の旋律 第二章 その8
 クレマチス国王都トルカにそびえるアスラミア城。その後ろ側から朝日がゆっくりと昇り、城はまるで城自体が発光しているかのように金色に輝いている。溢れ出した光は城下町をも金色に染め、町に程近い丘にいる4人のところにもその光は降り注いだ。
 「ん……。」
 カリルがゆっくりと身体を起こした。2、3回目をこすってからゆっくりと開ける。まだ少し眠りの余韻の残る瞳が、ぼんやりと遠くを見つめている。いつも生き生きとしてキラキラと輝いている鳶色の瞳は、今は優しい色になっている。朝のそよ風に静かにそよいでいる栗色の髪は、朝日のせいで金色に光って見えた。
 肖像画よりも綺麗だな……。
 リュオはそう思った。ドレスも着ていないし宝石も身に着けていないのに、彼女には王女の気品と美しさがあった。
 性格はさておき、やっぱりカリルはあのカリル姫なんだ。
 リュオは改めてそう納得した。
 そんなことを思っていたらカリルが急にこちらを向いた。思わずドキッとしたが、どうやらカリルが見ているのはスイランのようである。カリルは寝ぼけ眼でスイランを発見すると静かに言った。
 「スイラン……?」
 朝日が眩しいのか、少し目を細めながら呼びかける。
 「はい。」
 答えるスイランは既に起床しており、とっくに身支度を済ませてカリルの傍にちょこんと座っている。そして寝起きのためいつもより小さい主の声に耳を傾けた。
 「……おなか空いた。」
 「はい?」
 思わず声が裏返るスイラン。一瞬二人の間を冷たい朝の風が通り抜けた。
 「だから、おなか空いたの! なんか食べ物ないの!?」
 性格はさておき、だよな、やっぱり。
 呆れながらも再度納得するリュオ。そして大きな鞄からビスケットの箱を取り出すと、中から一袋取ってカリルの方へ差し出した。
 「こんなもんしかないけど。」
 「あ、ビスケット。」
 「ありがとうございます。すみません……何から何まで。」
 頭を下げるスイランの隣でカリルはいそいそと袋を破いて一枚口に放り込む。
 「結構おいしい……スイラン、水。」
 「……はい、カリル様。」
 一瞬の沈黙はささやかな抵抗である。スイランは暫くの沈黙の後、観念してセロイが鍋に汲んでおいた水をコップに入れてカリルに手渡す。その様子を見て、セロイはリュオの手からビスケットの袋を一つ奪うと、スイランに差し出した。
 「俺たちも朝食にしよう。」
 「あ、ありがとうございます。」
 このままではカリルに全部食べられてしまうと思っていたスイランは、自分の食料が確保できて少し安堵した。そしてセロイの洞察力と配慮に感謝した。
 ビスケットと水だけのささやかな朝食を済ますと、セロイはズボンについた汚れを払いながら立ち上がった。
 「さてと、そろそろ出発するか。リュオ、仕度しろ。」
 「はいはい……。」
 そこは逆らわずに素直に鍋や食器を片付け始めるリュオ。が、次にセロイが発した言葉に驚愕した。
 「カリルとスイランも。」
 「えっ!?」
 カリルが思わず声をあげる。
 「一緒に行くの!?」
 「こいつも一緒なのか!?」
 カリルとリュオが同時に不満の声をあげた。リュオの気持ちは大いに分かる。こんな我が儘で傍若無人で暴力的な女と一緒に旅をするなんて誰だって嫌である。
 「なんか文句でもあるのか?」
 セロイがリュオをじろりと睨む。慌ててスイランが間に入って言った。
 「リュオさん、すみません。私が頼んだことなんです。私たちがご一緒させていただきたいと……。」
 「そんなこと言ってない。」
 カリルが低い声で呟いた。そんな話全く聞いていない。どうやらスイランが勝手にセロイに申し入れたことらしい。侍女の勝手な行動にあからさまに不機嫌になるカリル。しかし、今回のスイランはいつになく強気だった。
 「カリル様、我が儘言わないで下さい。これは必要なことなんです。いくら勝手気ままな旅と言っても、カリル様と私の二人だけではいつ盗賊や人攫いに襲われるか分かりません。護衛でも雇って自分たちの身を守らないとならないんです。でもその辺の用心棒では、万が一カリル様の正体を知ったらそれこそ誘拐されかねません。この方たちでしたら信用も出来ますし、王族の方ですから腕も立つでしょう。だからセロイさんに一緒に旅をしていただきたいとお願いしたんです。いいですか、カリル様。これは決定事項です。黙って一緒に行って下さい。」
 「……分かったわよ、好きにして。」
 ぷいっと膨れてそっぽを向くカリル。一方男二人は温厚なスイランがカリルに滔々と説教をするのを見て目を丸くしている。しかも、カリルがそれに従った。前代未聞である。
 意外とこの二人の力関係は対等なんだな。
 などとセロイは冷静に分析してみた。一方力関係の均衡が甚だしく崩れたこちらの二人は。
 「そういうわけだから、リュオ、分かったな。スイランたっての頼みだ。文句言うんじゃない。」
 「……分かったよ。一緒に行けばいいんだろ。ったく……。」
 あっさりとリュオが折れたようである。こうしてカリルとスイランは心強い道連れを、セロイとリュオは厄介な道連れを、それぞれ得たのであった。
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