女神の旋律 第三章 その1
国王陛下
初めに、今回のことが事後報告となったことをお詫び申し上げます。
カリル様がどうしてもとおっしゃるので、お城を抜け出して旅に出ることに致しました。カリル様は、セイル様が次々と持って来られる縁談が嫌になり、自分で婚約者を探しに行くとおっしゃっています。どうやらロンパス王国のサード王子殿下とのことで、少し傷つかれたようです。王妃様にご相談したところ、カリル様の気の済むようにさせて差し上げようということになりました。心の整理がついて、世の中に理想通りの完璧な人などいないと分かれば、諦めてお城へ戻ると思います。どうかそれまでカリル様の好きにさせて差し上げてください。
カリル様の身の安全については、私が責任を持ってお守りいたします。途中で護衛も雇うつもりですのでご心配なさりませんよう。旅先でまた報告致します。
スイラン・ミリアム
「……で、どうするんですか、父上。」
カリルの一番上の兄、セイルが言った。
城中の国王と王妃の部屋。その豪奢なリビングルームに、国王と王妃、そしてカリルの兄弟姉妹達が集まっていた。話題は昨日家出してしまった王家一の厄介者、カリル姫のことである。
「どうすると言われてもなぁ…大体シスファ、お前はカリルが家出することを知っていてどうして止めなかったのだ?」
思案顔で呟いた国王は、ふとスイランの置手紙に書かれていた内容を思い出して傍らに座る王妃に問いかけた。王妃はゆっくりと国王の方を向くと、にっこりと微笑んで答える。
「だって、止めても無駄でしょう? カリルのことだから、無理やり止めたら逆に意地になって一人で出て行こうとしますわ。スイランが引率してくれるなら、かえってその方がいいんじゃないかと思いましたの。」
流石母親。カリルの性格を熟知しているようである。確かにその通りだ。止めたら夜中に一人で城を抜け出すに決まっている。
「ったく……母上はカリルに甘いんだから。」
「セイル。」
ぼそりとセイルが言った言葉を耳ざとく聞きつけた王妃が低い声で息子の名を呼ぶ。
「そもそもセイルがカリルをいじめるからこんなことになっちゃったのよ。あなたも少しは女の子の気持ちを慮れるようになりなさい。」
「……はぁ。」
別にいじめてたわけじゃないんだが。
セイルはセイルなりにカリルの将来を心配して縁談を吹っかけていたので、この言われようは心外だった。が、結局その心配のしどころというか、世話を焼く方向性というかが根本的に間違っているのだ。彼には全く自覚がないが。
「まぁ、なんたってあのしっかり者のスイランが付いてるから大丈夫よ。カリルも世の中を見たら少しは大人しくなって帰ってくるかもしれないしね。大体あの子しぶといから大概のことは切り抜けられるわよ。」
「確かに。世の中の荒波に揉まれて自分の境遇がいかに恵まれたものか、身体で理解したほうがいいかもしれない。」
カリルのすぐ上の姉、レリカ姫の楽観的な言葉に二番目の兄であるカイル王子が同意する。子供たちの反応を見、王妃の確信に満ちた微笑を見た国王は、ゆっくりと頷いて決断を下した。
「そうだな。皆の言う通り少し様子を見ることにするか。」