女神の旋律 第三章 その3
怒りのパワーで先に着いたものの、通行証(偽造)をスイランに預けていたため、結局町の入り口で三人を待たなくてはいけなかったカリルと合流し、一行は港町シーラの中へと入った。
シーラはクレマチス国の貿易を一手に担うシーラ港を有する町である。隣国から仕入れたものや国内の別の港から運ばれてきた荷は、港から町中へ運ばれ、市場で売買される。この町の商店や他の町から来た商人がそれを買い付け、国中で売られるという仕組みだ。町中には食料品店からブティック、本屋や家具店まで、多種多様な商店が立ち並び、様々な町からやってきた人々が入り乱れる活気溢れる町である。
「凄ーい!!」
さっきまで待たされて不機嫌だったことも忘れ、賑わう商店街を目にした瞬間感動するカリル。そこには今までカリルが見たこともないようなものが沢山山積みにされ売られていた。
「この緑色のトゲトゲしたの何? ねー、この布綺麗!どこの国のかな? ちょっと、この魚気持ち悪いんだけど! 動いてるし!!」
「それはイムルスっていう野菜だ。トゲトゲをとって茹でて食べる。布はミスタンの南部伝統の織物だな。その魚はシンディっていう魚だ。新鮮だからきっと旨いぞ。」
「カリル様! 勝手に歩き回らないで下さい!!」
はしゃぎまくるカリルとそれに付いて歩きながらいちいち解説を加えるセロイ。そして暴走するカリルを必死に止めようとするスイラン。それらの後ろをゆっくりと歩くリュオは、心身ともにぐったりと疲れていた。
そんな周りの様子をものともせず、カリルはずんずんと町の中心へ向かって歩き、やがて衣料品店の立ち並ぶ、商店街へと到達した。
「スイラン!」
おもむろにくるりと振り返ると、カリルは腰に手を当ててスイランに叫ぶ。
「……何ですか、カリル様。」
ようやく停止してくれた主に追いついたスイランは、カリルがこれから発する言葉を解っていたが、一応聞いた。
「ここで可愛い服を買うわよ!」
「そんなお金ありません。」
一刀両断に斬り捨てるスイラン。しかし、もちろんカリルはそんなことで引き下がったりはしない。
「城出るときに宝石とかいっぱい持ってきたんでしょ?服ぐらい買えるわよ。」
「これからどれだけ旅するかわからないんですよ。そんな無駄遣い出来ません。」
「大丈夫よ、いざとなったらお母さんに送ってもらえばいいんだし。」
「ええっ!?」
カリルがあっさり言い放った言葉に、スイランとリュオの声がハモった。
「王妃様にですか!?」
「お前家出したくせに親に金貰うのかよ!?」
呆れて口が開けっ放しになる二人。家出とは親の庇護の下から抜け出すことである。それなのに、親の金銭援助を受けようというのは一体どういう了見なのか。二人には全く理解できなかったが、カリルはあっけらかんと答える。
「いいじゃん、別に。お母さんだってきっと普通に送ってくれるよ。」
確かに……王妃様なら「カリルがお金ほしいんですって? しょうがないわねぇ……無駄遣いしないといいんだけど。」とか何とか言いながら何の疑問も持たずに贈ってきそうです。でもこのことが国民に知れたら、皆税金払わなくなりそうですね…。
国民の血税を家出した後も使い続けようとするカリルを見て、スイランは密かに思った。
十分に有り得そうな話であるため、二人は納得できないながらも、カリルの家族の問題であるし、あまり強くは追求できないままなんとなく引き下がった。
「じゃ、服買いに行くわよ!」
「……分かりました。買いに行きましょう。でも……セロイさんたちはどうします?」
諦めてカリルの買い物に付き合う決心をしたスイラン。しかしおそらく長引くであろうカリルの買い物に男二人も付き合わせては可哀想である。
「そうだな……俺たちも新しい靴やマントが欲しいと思ってたところだし、買い物をしてこよう。これから寒くなってくるからそれに備えないとならないしな。スイランたちも暖かい上着とか買っておいた方がいいぞ。それと、野宿に備えて非常食も手に入れなくてはな。」
「オレ、どっかで休みたい……。」
「じゃあ、2時間後にあそこのカフェで待ち合わせよう。それぐらい時間あれば十分だろう?」
「そうですね。それぐらいあれば大丈夫だと思います。セロイさんたちの方が早く済むと思うので先に入ってて下さい。」
「ああ、そうするよ。ほら、行くぞリュオ。」
案の定リュオの切ない願いは全く取り合われず、四人は二組に分かれて商店街を反対方向へ歩き始めた。