女神の旋律 第三章 その5
 「……リュオ。」
 落ち合う予定のカフェのテラスに座って、セロイが相方に呼びかけた。
 分かれてから1時間半あまり後。リュオは革のブーツと濃紺のマントを、セロイは濃灰色のマントをそれぞれ購入し、ビスケットや缶詰などの保存食を手に入れた上に宿屋まで探してから、約束の場所へと向かった。彼らは実に現実的な観点から買うものを選んだので、スイランの予想通り大した時間もかからずショッピングタイムは終了し、約束の15分前にカフェに到着した。
 それぞれ温かいお茶を注文し、それを持ってテラスに落ち着いていたところ、セロイがおもむろに口を開いたのだった。
 「……なんだよ。」
 買い物中は何とか持っていた気力が座った途端に抜けたのか、テーブルに突っ伏していたリュオがめんどくさそうに少し顔を上げる。そんな彼に向かってセロイは至極真面目な顔で告げる。
 「俺、お前に大事なことを言ってなかった。」
 「な……なんだよ、大事なことって。」
 珍しくシリアスモードのセロイに、リュオも少しばかり緊張する。焦って身を起こすと、背筋を伸ばしてセロイの顔を見る。セロイはそんなリュオの瞳をじっと見つめると、真面目な表情を更に硬くして言った。
 「リュオ……恋愛は先手必勝だぞ。」
 「……っな、何言ってんだよ!」
 あまりにもふざけたセロイの言葉に、思わず怒鳴り返す。しかし口ではそう言いながらも見る間に顔く火照らせているリュオの全く説得力のない様子を見て、セロイは真面目な表情を一瞬で崩しにやりと笑う。
 「何って、お前の話だよ。」
 「オレには関係ないだろ! 真面目な顔してふざけたこと言ってんじゃねー!!」
 「ふざけてなんかないぞ、心外だな。俺は至って真面目にお前の恋を応援してやろうとしてるんだ。」
 再び真面目な顔を作ってそう抜かすが、リュオはもう騙されなかった。
 「面白がってるだけだろ!」
 「お前なぁ、人を疑ってばかりいると淋しい人生を歩むことになるぞ。信じるものは救われるって言葉を知らないのか?」
 哀れみの表情まで動員しだすセロイ。
 「お前とカリルならお似合いだって。上手く行くよう応援してやるから。俺がアドバイスしてやるから心配することはないぞ。」
 リュオの肩に片手を乗せながら言うセロイの恩着せがましく言う。セロイのその態度にカッとしたリュオは、椅子を蹴って勢いよく立ち上がり、バンッと両手でテーブルを叩いた。そしてにやにや笑うセロイを睨みつけて言い放つ。
 「いい加減にしろよ! 誰がカリルなんか……!」
 「私が何よ?」
 突然背後から沸いた不機嫌な声に、リュオは硬直した。
 「いや、カリル達が遅いから迎えに行こうかと話をしてたところだ。……それ、買った服か?」
 見事にその場を切り抜ける言葉を発したセロイは、リュオに目配せしながらカリルに問う。聞かれたカリルは、リュオの怪しい発言をさっさと忘れ、目ざといセロイの指摘に満足したように微笑むと頷いた。
 「うん、そう。可愛いでしょ?」
 「ああ。髪も切ったんだな。よく似合ってる。……おい、リュオも見ろよ。」
 言われて硬直状態から抜け出したリュオだったが、振り返って再び固まった。
 どこぞのモデルかのようにポーズを取りながらにっこりと笑うカリルは、薄いクリーム色のタートルネックの上に飾りボタンがポイントのオレンジ色のワンピース姿。明るい色が栗色の艶やかな髪と大きな鳶色の瞳によくマッチしている。スカート丈が短めでウエストが少し絞られたシルエットは、カリルの健康的な肢体を際立たせるのに一役買っている。その裾からすらりと伸びた脚はダークブラウンのタイツに包まれ、足元は茶の編み上げブーツ。腰まであった髪を胸元までバッサリ切ってリボンで結わえ、手には布製の帽子を持っていた。
 うわ……なんだこの可愛いさは。
 呆然とした頭の中にぽろりと本音がよぎる。一度出てしまった本音はそのまま連鎖反応で次々と他の本音を呼び出す。
 ああ、もう、可愛すぎる。ちくしょー、なんでこいつは中身は可愛くないのに、見た目はこんなに可愛いんだよ! ああ、そうだよ。見た目はめちゃくちゃ好みだよ。悪いか? しょうがねーだろ。可愛いんだから。大体ミニのワンピースってなんだよ。よりにもよってミニスカートかよ。可愛さ倍増させるなよ。オレを殺す気か……!
 どうやら思考回路が制御不能になったらしい。思ったことがだらだらと溢れ出し、口に出せないため行き場を失って脳内でぐるぐると循環している。
 「おい、リュオ……なんか言えよ。」
 リュオの異常に気づいたセロイが声を掛けるが、リュオは目を見開いたまま静止している。何か一言でも発したら本音が全て漏れてしまいそうで、何も言えないのだ。しかし、
 「やだー、リュオったら私があまりに可愛すぎて言葉もないんじゃない?」
 一人能天気なカリルがびっくりするほど核心を突いてふざけると、リュオは一瞬で顔を上気させて叫んだ。
 「んなわけあるか! どこが可愛いんだ、この阿呆!!」
 そのあまりに分かりやすい反応にセロイは盛大に、スイランですらこっそり噴出す。しかし、若干一名、このリュオのあからさまな態度に気づかないものがいた。
 「何よ、失礼ね! あんたには美しいものを愛でる心ってものがないわけ!? これだから美的センスのない男ってやだわ!」
 一気に機嫌が悪くなり、ぷいっと横を向くと、傍にあった椅子を引き寄せてドスンとお尻を乗っける。売り言葉に買い言葉で反撃しようとするリュオの肩を、セロイが片手で掴んだ。
 「……リュオ。やめとけ。」
 その瞳には明らかに同情と憐れみの色がうかんでいる。相方の表情から、よく分からないがなにやら大失敗を犯したらしいということだけを理解したリュオは、がっくり肩を落としゆっくりと椅子に座る。その様子をスイランがやはり同情した表情で見つめ、遠い将来を思ってそっとため息をついた。
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